戦国父子に学ぶ 後継学 (加来耕三さん)

数ヶ月ほど、或る組織の後継・継承について関わりを持つ機会を持たせて頂いた。
会長はご存命だが、会長の奥さまである社長がお亡くなりになり、実質的には組織の再編と新社長選びが焦点だった。これを機に現役員である息子さんを後継者として前面にお立ちいただくことが一番自然な流れだったのだが、なかなか そうは簡単に話しは進まなかった。事業の方向性、世の景気、関連法規、個々の能力や資格、多くの職員とその生活と各々の思惑など、絡み合う要素は多く、複雑である。しかし、最終的に一番のネックとなったのは「親子関係」であった。

日本の多くの企業は「パパママストアー」と呼ばれる親族経営の中小企業である。パパとママで細々と始めた事業が成長し、時を重ねる毎に職員数を延ばしてきた現役一代目のパパとママを組織の内部に抱える企業は、外から見るよりも意外に企業自体がパパとママの私物とされている事が多い。それは物質的なものに止まらず、経営者一族と使用人的な主従関係など、精神的な領域にも及ぶ。もちろん、社屋ひとつをとっても外装からカーテン、職員の制服までパパとママで選択し、私生活を犠牲にしてまで育ててきた企業である。私物化というよりも、私物であると確信して止まない気持ちもわからなくもないが、職員数が増え、親族外のメンバーを役員に加える(加えざるを得ない)時期には、ある程度 意識を改めて頂く必要があるのだろう。

継承について、
二代目にしてみれば両親が育てたこの組織を大切に守らないといけないという純粋な責任感と、この組織があったが故に自身の生活にマイナスの要素が多分にあったとか、自身の能力に対する率直な不安や、両親が勝手に(好きで)大きくした組織で僕には関係無いなど、組織に対して「愛し憎し」の相反する感情をある時期まで強く抱えていることが多い。まずは、この「憎し」の感情を親子関係の枠内できっちりと精算していただく必要がある。この精算作業だけは、いくら周囲に優秀な参謀を抱えていても立ち入ることが出来ない「親子」の領域であり、この精算作業が中途半端でブレてしまうと、下で働く職員達は上のぐらつきに不安感を頂き、大量離職かお家騒動が絶えないグチ組織になるか、何れにしてもロクな事にはならない。初歩的な事だが非常に大切な作業と考えられる。次に、集団の上に立つ者、自身の立候補や近親者の推薦だけで上に立つのではなく、やはり多くの職員に推挙され、彼らに神輿をしっかりと担いで頂く必要がある。そのためには、二代目とは言っても、いきなり出来るはずもない「経営」に携わるのではなく、現場職(営業・事務)を経験し、事業管理を経験し、成功体験に基づく他者からの信頼に基づき階段をひとつずつ上がっていくプロセスが大切なのだろう。これは一朝一夕にできることではない。一代目の緻密な計算と、二代目の忍耐と辛抱、自覚と責任感あってこそ、はじめて成立する話しである。


著者 加来さんは悪いワンマン経営者を次のように定義されている。

 一、常日頃、サンクチュアリ(聖域)の部分を多く設けすぎている。
 一、感情論で人事を決する。
 一、公私混同がはなはだしい。
 一、社内の衆知を集めないで、独断専行する。
 一、部下の進言に、いっさい耳を貸さない。
 一、信頼できる相談相手がいない。

 プラス、最も重大な条件として、
  (私は生涯現役だと)後継者を責任をもって育てなかった。

しかし、株式上場を行い、外の風が時に厳しく吹き込んでくる大企業を除き、中小企業にとって「悪い」ワンマン経営を改めるか否かは、経営者自身の判断が全てと言っても過言ではない。改めないことも経営者としての判断として許されるものなのか、(潰れるのではなく)潰すことも経営者としての判断として許されるものなのか・・・ケースバイケースと言ってしまえばそれまでだが、一時期課題として世間に突きつけられた「会社は誰のものか」論議の中小企業版とも言える、生々しくも難しい問題である。

この本は、ある方の推薦で頂戴した1冊だったのだが、前述の関わりと時期が重なっていたこともあって、厳しい世に子を親として、部下をトップとして冷静にその能力を見極め、鍛え、試し、ある時は外し、教育係を選任し、禅譲のタイミングを真剣に図る それぞれの武将達の生き様を特に印象深く拝読した。「歴史から学ぶ」新しい切り口の帝王学分野の一冊である。





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